木彫の材料として名前が挙がることの多い「楠(くすのき)」。
大木が手に入りやすく、独特の香りを持つことから、彫刻に向いている木だと思われがちですが、実際には非常に癖の強い木でもあります。
今回は、誠文堂新光社『【原色】木材加工面がわかる樹種事典』に記された客観的な特徴と、私が教室で木彫家・植草等雲先生から教わった実体験をもとに、楠という木の本当の姿を整理してみたいと思います。
楠の基本的な性質(書籍より)
書籍では、楠について次のような特徴が挙げられています。
- 硬さは「4」(檜は2〜3)
- 比重は「0.52」(水は1)
- 大径木で、大きな材が取れる
- 広葉樹の中では比較的軽く、柔らかい(トチと同程度)
- 強い匂いを持つ
- 杢が出やすく、色合いが複雑
- 硬くないにもかかわらず、逆目が目立つことがある
- 意外と加工しづらい
- 乾燥の際に暴れやすい
- かつてはセルロイドや樟脳の原料として、各地で盛んに植林された
数値だけを見ると「彫りやすそう」に感じますが、加工の難しさが併記されている点が、楠の本質をよく表しています。
→誠文堂新光社『【原色】木材加工面がわかる樹種事典』はこちら
楠は「大きくなりやすい木」(先生の話より)

等雲先生によると、楠は成長が早く、比較的短期間で大径木になる木です。
条件が良ければ、50年ほどで大人が両腕で抱えるほどの太さになることもあります。
分布としては本来関東以西に多い木ですが、先生が古文書などを調べたところ、
- 神奈川県・真鶴半島の楠が、実は江戸時代に植林されていた
- 日清戦争後に台湾から苗木を持ち帰り、戦勝記念として全国の小学校に植えられたことがある
など、生息域が日本の歴史と関わりながら広がっていった様子が見えてきました。
1990年、先生は神奈川県伊勢原市に於て、日清戦争の記念樹の楠が切り倒される事を知り、その樹の再生の為に「雲中供養菩薩を彫る会」を塾生と一般応募者で発足されたこともあります。
暖かい土地の楠が「良い楠」
楠はもともと亜熱帯性の木です。
そのため、先生は次の点を強く注意されていました。
- 寒い土地で育った楠は
- 「青が入る」と言われ
- 非常に硬く
- 割れやすく
- 狂いが多い
同様に、日当たりの悪い場所で育った木も、彫刻材としては勧められないそうです。
防虫効果で知られる「楠の箪笥」に使われる材も、
房総半島や伊豆半島など、穏やかな日差しの下で育った木を、長期間寝かせたものが本来の理想とされています。
現代の楠材が抱える問題
現在流通している楠材の多くは、強制乾燥がかけられています。
その結果、
- 楠が本来持っている樹液分が抜ける
- 匂い(=防虫効果)が弱くなる
- 後から香りを付けている場合もある
という状態になっていることが少なくありません。
先生が「楠の匂い」について慎重に語られる理由は、ここにあります。
良い楠の見分け方
等雲先生が教えてくださった、楠材選びのポイントは非常に具体的です。
- 丸太の皮が薄く、赤みがかった茶色
- 鱗状の表皮が大きく、薄く剥がれる
- 樹齢は少なくとも50年以上
- 木肌は薄いピンク色
- 色の濃淡が少なく
- 年輪が均一
「自分の目が狂っていなければいいのだが」と前置きされながらも、
材を見る目の厳しさが強く伝わってきました。
彫るときの最大の注意点
楠は、両逆目(逆目が交互に並ぶ状態)が出やすい木です。
そのため、
- 繊維方向に直角に削る「ヨコズリ」が有効
- 無理に刃を進めない
ことが重要になります。
また、木口に割れが入りやすいため、制作途中の管理も欠かせません。
- 箱に入れる
- ビニール袋をかける
- 直接風に当てない
といった配慮が、作品の完成度を左右します。
楠と樟脳の関係
かつて楠の樹液は濃縮され、樟脳油として利用されていました。
防虫剤として知られる「樟脳」や、「カンフル剤」という言葉も、楠(camphor tree)に由来しています。
楠の強い香りは、単なる特徴ではなく、長い実用の歴史を持つ性質なのです。
まとめ:楠は「理解してこそ応えてくれる木」
楠は、
- 大きな材が取れ
- 彫刻材としての可能性を秘めながら
- 非常に癖が強く
- 扱いを誤ると応えてくれない
玄人好みの木です。
その性質と背景を理解したうえで向き合えば、
楠は他の木にはない、奥行きのある表情と存在感を作品に与えてくれます。

