彫刻が導いた、思いもよらぬ世界――ある彫刻家と「まんまるほとけ」の記憶

彫刻家が、社交の場に立つということ

彫刻家の仕事は、静かな工房で木と向き合う時間の積み重ねだ。
しかし、その彫刻が人の心に届いたとき、思いもよらぬ世界へと導かれることがある。

若き日の等雲先生もまた、彫刻家として歩みを重ねる中で、自身とは無縁だと思っていた社交の場へと招かれるようになった一人である。そこには、芸術や文化、経済の第一線で活躍する人々が集っていた。


作品がつないだ、人と人との縁

当時、先生は彫刻家として活動の幅を広げ、同時代を生きる彫刻家や芸術家たちとの交流を深めていた。
そのつながりが重なり、次第に、文化人や大手企業の代表者など、そうそうたる顔ぶれが集う場へと招かれるようになる。

華やかな社交の場にあっても、先生は自らを飾ることなく、ただ「木を彫る人」としてそこに立っていたという。
彫刻という仕事を通して築かれた信頼が、人と人とを静かにつないでいた。


若き日のインタビューが語る、彫刻への姿勢

その社交の場で、先生はインタビューを受けている。
当時の記事から伝わってくるのは、名誉や肩書ではなく、彫刻そのものに向き合う誠実な姿勢だ。

社交界の機関紙
インタビュー記事

木の性質を知り、形を探り、刃を進める。
「自分にできるのは、それだけだ」という控えめな言葉の奥に、長い時間をかけて積み上げてきた確かな自信が感じられる。


「丸い仏」との出会い、そして献上へ

この場での出会いとご縁が、彫刻家として忘れがたい出来事へとつながっていく。

先生が彫る丸い仏「まんまるほとけ」の彫刻を気に入られ、三笠宮崇仁親王に献上するという、極めて名誉ある機会をいただいたのである。
冒頭の画像がこのときの写真(左から三笠宮崇仁親王、親王妃百合子様、植草等雲)である。

角を持たず、すべてを包み込むような柔らかな丸みを湛えた仏の姿は、技巧を誇るものではなく、見る人の心を静かにほどく佇まいを持っていた。

一体の仏が、人の心を動かし、縁を結んだ瞬間だった。


今も彫り続ける「丸い仏」

この丸い仏は、特別な一作として終わるものではなかった。
献上という出来事を経た今も、先生はこの形を彫り続けている。

そこには、「人のために彫るとはどういうことか」「仏を形にするとは何か」という問いへの、変わらぬ答えがある。
形は同じでも、一体一体に込められる思いは、その時々で異なる。

植草等雲作「まんまるほとけ」

彫刻は、世界をひらく

彫刻は、木と向き合う孤独な作業でありながら、人と人をつなぎ、世界を広げる力を持っている。
静かな工房から社交の場へ、そして再び木の前へ。

一体の仏が結んだご縁は、今もなお、先生の彫刻の中に息づいている。

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